出席扱いへのこだわり|保健室・別室・夕方・廊下・適応教室登校など

thinking

不登校となってから、しばらくなんとかして出席にしようと、夕方登校、保健室登校、適応教室と考えてきました。

学校からは駐車場に1歩おりるだけでも出席、遅刻扱いにしますと言われました。

本人も出席にこだわっていました。なので、長い間 頑張ってきました。

特に中3となってからは、進路も考えて 少しでも希望をつなぐ気持ちでした。

 

でも、今は考え方が変わってきています。

娘は不安障害です。起立性調節障害だけであれば遅刻して行ける日がもっとあったと思います。

不安が大きく どうしても教室に入れない子です。

その場合、そうやって出席日数を積み重ねていくこともプレッシャーとなるだけです。



主治医も無理に出席にこだわることには疑問をもっていました。

娘と同じような子、どうしても教室に入れなくて廊下で授業を受けている子の話をしたことがあります。

授業を受けないと、どんだけテストの点が良くても通知表が1だからです。

将来への選択肢のための苦渋の選択。

けっして本人は好きでやっているのではない。それしか方法がないんです。

doctor

「それを見て 他の子は頑張ってる。やってみなさい。そう思う?」って聞かれた。

それが その子にとっていいのかどうか。大人の都合。子どもは困っている。

学校に合わない適応障害なら、そこにこだわるなと、そんな話でしたね。

 

もちろん、ダメとは言っていません。疑問を投げかけられました。

そこで、私も考え直しました。

主人は、廊下でまで授業を受ける。そうやって頑張ってるならわかるって考えでしたね。

 

私は、その子の表情を見た。休憩時間は保健室に戻る。

その時、私が保健室で養護教諭に相談していたんです。

表情が苦しそうでした。怯えているような。

 

学校って、こんな風に行くところ?そう思いました。

もちろん、頑張っていることはすごいと思う。

親子とも悩んでの決断だとわかる。

でも、ここまでさせなくていいと思った。

 

もし、うつ病となり その原因となった職場に行けなくなったとする。

一度休養となる。そこから離れるよね。行けないんだから。

 

子どもだって同じなのでは。なんとかして、学校に通えるような選択肢を与える。

一見、優しい配慮のように思う。ここまでならできる。それでいいと。

でも、なんか違う。それをやっていい子とやっていけない子がいる。

それは心の状態の違いです。

 

要するに 出席が安心感になるか、不安感になるかの違いです。

出席したことで罪悪感がなくなり安心感を得ていた時期もありました。

今は不安感の方が大きいので無理には行っていません。

 

娘が行けるときに行ける方法で学校と繋がっています。

簡単に言うと、自分から行こうとしたときだけですね。

娘自身が「そろそろ行こうかな」と言う日があります。

周りから提案しないようになりました。

 

もう出席日数にこだわるのをやめました。中3で内申に影響する状態でも。

進路の選択肢が減るのも受け入れるしかないんです。

 

何が一番大切なのか。

すぐ先の高校ではなく、その先の長い人生を考える。

まずは、心と身体を元気にすることなんですよね。

笑顔で過ごせるようにすることです。