不登校のきっかけについてアンケート

不登校「なんで?」過去の原因探しより、今を受け入れ未来に目を向けること

thinking

娘のことをわかってもらおうと必死で話したときに義母に言われました。

「なんで、こんなことになったの?」

「どうして、こんなふうにしたの?」

 

そこから、もっと私がああしたら、こうしたらという話になります。

義母と話していると どんどん過去の話になっていきます。

 

「なんで?」の言葉で、一生懸命に娘の現状を伝えても、やっぱり理解できないんだ。

過去のこと、原因を探して、それを解決して乗り越えるべきだと思っている。

 

これも間違ってないんです。段階があって、まだ疑問を持っている状態。

私も、最初の頃は必死に原因を探しました。

医師に「どうして?」と疑問ばかりぶつけました。

 

そして、子どもにも聞いていました。同じことをしていたんですね。

「言ってくれなきゃ、話してくれなきゃわからないよ」って。

聞かれること、話すことを ものすごく だんだんと嫌がっていきました。

いつまでも理解してもらえない。そう思ったんだと思います。

 

この段階も必要だと思うんです。

学校で起きたこと、解決できることがあるなら初期対応がとても大切です。

 

小学生の時はいじめが原因で行き渋りとなりました。

当時も体調不良は病院で相談。学校でのことは担任に相談。

連携して、付き添い登校をして 少しずつ通えるようになりました。

子どもが理由を話し、原因がはっきりしていました。

 

でも、今回は違う。原因が複雑に絡み合って 長い間の積み重ねで疲れ果てた。

生まれつきの気質も関係ある。きっかけ、たくさんの背景があるから。

私自身も「なんで?」と今聞かれると困る。ものすごく長い話になる。

もう一度 説明する気力が起きない。どーんと気持ちが落ちる。

 



不登校となった時点では、子ども自身が心の中で起きていることがわかっていません。

「なんとなく」と言っていました。それしか答えようがなかったんだと思います。

「なんとなく」じゃわけがわからず、何か原因があるはず。

周りは そう思って必死に原因を探ろうとしました。学校側もです。

 

理屈ではなくて、こうなったんだから仕方ないんですよね。

本当の理由は いつかこの子自身が成長した時に語ると思う。

数か月、数年後、もっと先かもしれない。

もう、原因を考える時期は終わって、これ以上は考えてもわからないんです。

 

募集をした中で、この体験談が参考になります。

experiences【体験談】高校で不登校・休学|40代となった今思う原因は燃え尽き

 

一回、休むしかなかった。学校から、現実から逃げて自分自身を守った。

そして、少しずつ心が回復してきて、好きなこと楽しいことに目を向ける。

夢中になれば嫌なことを忘れますよね。

不安の世界に迷い込んでいます。何かに没頭していれば不安が飛んでいきます。

 

そうやって時間を過ごして、少しずつ前を向いて ここまできました。

これを説明した。そして返ってきた言葉が「なんで?」

振り出しに戻されるのは嫌なんです。

 

この11ヶ月、ずっと不登校のままです。

学校に行っていないことだけを見たら「なんで?」って思うのでしょう。

いつまでも解決しない、乗り越えようと頑張っていないと。

 

「いったい なんのために病院に行ってるの?」

「親として何をしてきたの?」

たくさんの気持ちが入った「なんで??」だと思う。

 

親子で一つずつ受け入れて今に至ります。

私も娘も 心の中は確実に変化してきています。

過去を考えるのではなく、学校に戻ることが目標ではなく、長い先を見ようとやってきた。

だから、今は「なんで?」と言われたくないんです。

 

今「何が困ってる?」

困り感を聞いてもらえるのは救われる。現状を理解しての言葉だから。

 

同じように心配している「大丈夫?」も不安を助長させる。

「そうなんだね」「大丈夫だよ」「きっと成長するから」「なんとかなるよ」「焦らないこと」

 

そんな無責任なことは言えないと思うかもしれない。

でも、理解してくれている人はこういう言葉が返ってくる。

多くの子たちと接した経験から、それが良い方向に進むとわかっているから。

 

私も 娘が不登校となり、自分の声かけについて改めて考えた。

ちょっとしたニュアンスで責めるような言葉になったり不安にさせてしまう。

相手の気持ちに寄り添いながら前を向かせるって難しい。

特に感情的になった時ほど難しいですね。